自分を振り返る 3
東京に行くと帰りのバスや電車で寝てしまってどうしても生活時間帯がずれてしまいますね。
最近は時間にあまり余裕がないので、時間術に関する本を呼んでます。
もうあと1年後には社会人になってる訳ですし、やはり時間管理は大事にしたいと思ってます。
学生だとどうしても社会人に比べて時間に余裕があるので、そこらへんグダグダやってしまう辺りが
つい最近の自分のデスマーチにも繋がるわけですし。
話は逸れましたが、今度は大学に入ってからですね。
記事を書いている最中に心が折れなければそろそろこの回でこの話も終わりにしたい。
前回はこちら 自分を振り返る 2 - datchの日記
前回までのあらすじ
高校で自身の力の無さに気づき、県内の情報大学でより力をつけるべく進学を決意し、合格して大学生になる。
ゲーム制作部
大学に入学した自分はゲームクリエイターへの思いが少し残っていた(というよりは単にゲームが作りたかった)ので、
ゲーム制作の部活(サークルじゃないよ)に所属した。
一年に二回の中間発表があり、その中間発表で最低限の発表を行わない場合は部活をやめさせられるという方針だった。
大学1年生の後半の中間発表で高校生の凄腕ゲームプログラマが使っていた言語のFlashを使って自分もゲームを制作した。
しかし、この部活に所属している内にあることに気づいてしまった。
それは、ここに所属している人達の半分以上が中間発表での強制退部を免れるためだけにゲーム制作を行い、
それ以外はただ部室内で身内同士で遊んでいるだけの慣れ合い部活に思えて仕方なかった。
(部室の雰囲気が好きじゃなかったので、活動は基本的に家で出来るので部室に滅多に顔を出すこともなかった。
そのため、実際はそうじゃないのかもしれないが当時の自分にはそのように見えた)
かくいう自分も当時はそこまでゲーム制作に熱心ではなかった。
工業から上がってきて数Ⅲ、数B,Cもまったく知らない自分には大学の数学や物理が鬼のように難しかった。
友人に教えてもらいながらテストや課題を乗り切るのが精一杯で、
そのストレスを晴らす意味でも大学一、二年生の時は帰ってからゲームをやることが多かった。
そして、思った。
「本当に自分はゲームが作りたいのか?強制退部を避けるためだけにゲームを作っているのでは?」
そう考えた自分は退部を決意した。
自分はそこまでゲームを作ることが好きじゃないということに気づいて。
ゲームクリエイターの闇
家に帰ると高校の友人とSkypeをしながらゲームをやるのが大学一,二年生の時の自分の趣味だった。
大学二年生の冬、ゲームクリエイターの専門学校に通っていた凄腕プログラマの友人がとうとうゲーム会社に就職した。
就職先は詳しくは知らないが小さなデベロッパーだった。
そして、その数ヶ月後に彼はその会社を辞めた。
理由は会社の社長との不仲だった。
他にも色々と話しを聞いた。
会社での泊まり込みでの作業、家に帰れるのは1日に1時間でシャワーを浴びるためだけに帰る日もある。
48時間中、47時間労働。
今に聞くブラックなんて比じゃない、完全にダークな会社だった。
(彼はゲーム制作が好きなせいもあってかそれはあまり苦にしている様子はなかったが)
既にゲームクリエイターへの気持ちが薄れかけていた自分が完全にその道をやめたのはこの瞬間だった。
※ゲームクリエイターは何処も締め切り前は忙しいが、ほとんどの会社ではこのような労働を行っている訳ではなくたまたまこの会社がこのような労働環境だったというだけで、ゲーム業界全体がそうでないということを断っておく。
競技プログラミング
話は戻るが1年生の後半、私は競技プログラミングというものに出会った。
競技プログラミングとは問題文とサンプルの入出力が与えられ、問題を解くプログラムを考えるというもの。
今思えば、この競技プログラミングが自分のプログラミング能力の基盤になっていると言っても過言ではない。
二年生になってからはICPC(ACM International Collegiate Programming Contest)という大会に向けて練習を行う部活にも参加し、
大学二、三年生の時にはICPCの予選にも友人と参加していた(あまり結果は良くないのだが)
生活習慣の都合上、後期には部活を辞めてしまったのだが今でも競技プログラミングは続けている。
研究室
私の大学では2年生の後半の時に、所属する研究室を決定しなくてはならない。
3Dモデリングなどを行っていた課外授業で友人がオススメしていた研究室があり、その研究室に強い興味を抱いた。
10~20近くの研究室を訪問したが、一番面白そうな研究を行っていたのがその研究室だったということもあって、
最終的にその研究室に入ることを決意した。
当時は現状のグダグダしたい自分を変えたいと思い、3年生になったばかりで研究のミーティングやゼミに参加していた。
そして、研究室に参加していく中で、徐々に研究室の先輩達の凄さや勉強熱心さに感化され始めた。
定期的に開かれる勉強会や、雑談で交わされる技術の話。
自分が知らない技術や知識を多く知っていた先輩達を見て、自分も将来こんな風になりたいと思った。
大学に入ってから様々な部活に所属し、プログラミングを行っていた自分は徐々に能動的に行動出来るようになっていたが、
この時から完全に趣味がプログラミングになる位にパソコンにかじりついてプログラミングを行っていた。
ゲームが趣味だった自分があまりゲームをやらなくなり、
高校の友人からは「お前がそんなにゲームをやらなくなるなんて思わなかった」とまで言われた。
プログラミングを行っている時間が授業さえなければ8時間~10時間と一日のほとんどを占めていた。
研究室に入ってからはとても幸せだった。
尊敬できる先輩に囲まれ、定期的に開かれる勉強会に参加し、研究に熱心に取り組んだ。
この研究室がなければ今の自分はなかったし、先生や先輩方には心の奥底から感謝している。
そして、現在の自分に至る。
と、最後は駆け足ながらこんな感じです。
就活で色々と考えると事が多い今日この頃ですが、ようやく自分が何を求めていたのか?
という部分に辿り着けそうな気がします。
でも、自分のことは自分が一番良く知っているはずなのに自分を理解するのって難しいですね。
こうやって文章に書き起こすことで自分自身への理解を深められたし、
色々と忘れかけていたことを思い出させてもらいました。
これで「自分を振り返る」はお終いです。